虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「ドラゴン・タトゥーの女」

toshi202012-03-12

原題:The Girl with the Dragon Tattoo
監督:デビッド・フィンチャー
原作:スティーグ・ラーソン「ミレニアムI ドラゴン・タトゥーの女
脚本:スティーブン・ザイリアン




「時よ止まれ、お前は美しい。」とはゲーテの戯曲「ファウスト」の一節である。


ネオ・ファウスト(1) (手塚治虫漫画全集)

ネオ・ファウスト(1) (手塚治虫漫画全集)


 その戯曲の世界に魅せられた偉大な漫画家が手塚治虫である。
 手塚治虫先生は人生の中で、3度、ゲーテの「ファウスト」を漫画として解題しているが、第2作「百物語」以降、悪魔<メフィストフェレス>を女性に見立てている。奔放できまぐれ、人智の及ばぬ力を持ち、それを使いこなす術を身につけていながら、どこか幼く、純な気持ちを持ち続けている。ファウストメフィストを繋ぐのは「契約」。<世界の真実>を知ることが出来ない!と嘆き死のうとするファウストに、メフィストは「満足」させる結果をもたらしたら、魂をもらい、その魂を地獄へと引き渡す契約を交わす。悪魔のような心と純な心が同居して、契約と恋心の合間で揺れ動く。手塚治虫が作り上げたメフィストは、そういう複雑な存在として物語を契約者「ファウスト(的存在)」と立ち回る。
 手塚治虫ファウストシリーズ第3作「ネオ・ファウスト」を含めて何作品かを絶筆しているが、彼が死の床で最後までこだわり、コンテを打ったのは「ネオ・ファウスト」であった。


 さて。
 大ベストセラーである本作の原作小説も、スウェーデンで作られたオリジナル版も未読未見で、この映画に臨んだので、非常に新鮮に楽しんだのであるが、やはり、この映画に感じた魅力の大半がヒロイン・リスベット・サランデルであろうか。彼女はある事件がきっかけで精神病院に入れられていた過去があり、そのせいで「後見人」を必要としている。
 彼女は調査会社と契約し、会社から「最も優秀な調査員」とされているが、彼女は給料の管理を後見人に託さなければならない立場にいる。ゆえに、理不尽な後見人にあたることもある。しかし、彼女は自分を陵辱した「後見人」を逆にガチガチに心理的にも肉体的にも縛り上げ、服従させる強かさを兼ね備えている。


 そんな彼女が、大企業グループの前会長ヘンリック・ヴァンゲルの依頼で調査した男が、「ミレニアム」誌の記者・ミカエル・ブルムクヴィストであった。彼は実業家・ヴェンネルストレムの不正を追っていて、報道したが、ガセネタを掴まされて逆に、名誉毀損で記者としての信用失墜の憂き目にあっていた。
 ヘンリックはミカエルについての調査結果に満足し、彼に弁護士を通じてある依頼をする。それは、40年前の少女失踪事件を調べて欲しいというものだった。彼はヘンリックの「ヴェンネルストレムの不正の証拠を譲る」という条件と引き換えに依頼を受けることにしたのだが、事件の煩雑さに次第に物理的限界を感じ、ヘンリックが倒れた際に、弁護士に助手が欲しいと訴える。
 弁護士が適任だと答えたのが、リスベットであった。


 こうしてミカエルとリスベットは<探偵>と<助手>という<契約>を交わす。
 リスベットの調査員としての優秀さは、卓越した記憶力と集中力、機械やコンピューターにも強く、何より違法行為や暴力に対して一切の躊躇がない。性に関しても奔放で、気に入れば女性とも男性とも関係を持つ。一方で彼女は、悲惨な過去を打ち消すために全身にピアスを入れ、入れ墨の痛みによって心の痛みから「逃げる」し、食事はお子様向けのマクドナルドハッピーセットを好んで食べ、簡単に肉体関係を持ちながら、一度惚れたら、「純情」な乙女のようにもなる。
 この人間の業をいくつも併せ持ったようなヒロインを見ていて、思い出したのが手塚治虫の描いた女メフィストフェレスである。悪魔のような、しかし、心に純な気持ちを抱えた<キャラクター>。


 そんな彼女が次第に惚れていく男はと言えば、<この世の真実>を追い求めるためにやりたくもない<探偵>役になった記者である。彼は正義の記事を書くために、未解決事件とその背景に広がる闇を追っていき、やがて、危険な真相へと足を踏み入れていく。
 そんな記者を救うのがリスベットである。彼女は、ミカエルのすべてを知りながら、彼の「正義」の手伝いをしようとする。すべては「時よ止まれ、お前は美しい」。そう言ってほしくて。


 彼女はミカエルを彼女の「人生」に引き込みたかった。魂ごと。しかし、彼女は最後に彼の魂を「解放」する。自分の中にある「地獄」にミカエルを引き込まないために。
 リスベットが抱える地獄の先については、たぶん第2作以降を待たねばならぬのだろう。(★★★★)